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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2754号 判決 1985年4月19日

控訴人

富永昇こと

夫昇培

右訴訟代理人

鈴木圭一郎

須藤正彦

伊藤文夫

被控訴人

日野和喜

被控訴人

有限会社東京日の丸

右代表者

日野和喜

右両名訴訟代理人

渡部喜十郎

八戸孝彦

谷口茂栄

塩川治郎

主文

一  主位的請求に関する本件控訴を棄却する。

二  予備的請求につき、

1  被控訴人有限会社東京日の丸は、控訴人に対し、昭和六〇年三月一四日以降控訴人から金二五〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載一の建物部分を明け渡し、かつ、同日以降控訴人において右金員を提供したにもかかわらず、その明渡しをしないときは、右提供の翌日から明渡し完了に至るまで一か月につき金三六万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  控訴人の被控訴人有限会社東京日の丸に対するその余の請求及び被控訴人日野に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人有限会社東京日の丸との間に生じた分はこれを五分して、その一を控訴人の、その余を被控訴会社の負担とし、控訴人と被控訴人日野との間に生じた分は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  主位的請求の趣旨

(一) 第一次的に、

被控訴人らは、各自控訴人に対し、

(1) 控訴人から金九〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載一の建物部分(以下「本件一階部分」という。原判決にいう「本件第一建物」を指す。)を明け渡せ。

(2) 金三九六万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年一一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(3) 昭和五八年一一月一日から各明渡し完了に至るまで一か月につき金三六万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(二) 第二次的に、

(1) 被控訴人日野和喜は、控訴人に対し、昭和六〇年三月一四日限り控訴人から金一四五〇万円の支払を受けるのと引換えに、本件一階部分を明け渡し、かつ、同年三月一五日から明渡し完了に至るまで一か月につき金三六万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(2) 被控訴会社は、控訴人に対し、昭和六〇年三月一四日限り本件一階部分を明け渡し、かつ、昭和六〇年三月一五日から明渡し完了に至るまで一か月につき金三六万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  予備的請求の趣旨

(一) 被控訴会社は、控訴人に対し、昭和六〇年三月一四日限り控訴人から金一四五〇万円の支払を受けるのと引換えに、本件一階部分を明け渡し、かつ、昭和六〇年三月一五日から明渡し完了に至るまで一か月につき金三六万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(二) 被控訴人日野は、控訴人に対し、昭和六〇年三月一四日限り本件一階部分を明け渡し、かつ、昭和六〇年三月一五日から明渡し完了に至るまで一か月につき金三六万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

5  仮執行の宣言

二  被控訴人ら

本件控訴及び控訴人の新請求を棄却する。

第二  当事者の主張

一  控訴人の主位的請求の原因(第一審以来の請求)

1  賃貸借契約関係の存在

(一) 訴外金有変(以下「訴外金」という。)は、昭和四六年五月一一日、被控訴人日野和喜に対し同人の所有にかかる別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。原判決にいう「本件第二建物」を指す。)のうち一階部分、すなわち本件一階部分を、期間三年、使用目的を同被控訴人のパチンコ店営業用店舗とする約定で賃貸した。賃料はその後改定されて昭和五五年五月には一か月につき二七万円となつていた。

(二) 控訴人は、昭和五三年七月三一日、本件建物全体を訴外金から買い受けて所有権を取得するとともに、被控訴人日野に対する本件一階部分の賃貸借関係を承継した。

(三) 被控訴人日野に対する右賃貸借契約(以下「本件賃貸借」という。)は、控訴人の本件建物買受時までの間に三年ごとに更新されてきたところ、控訴人との間でも約定の期間満了日である昭和五五年五月一〇日に法定更新がなされた。

2  解約申入れ

(一) 控訴人は右法定更新に先だち、更新拒絶事由のあることを主張し、本件一階部分の明渡しを求めて昭和五五年四月に被控訴人らに対し本訴の提起をしていたが、これに対し、原審裁判所の判決が昭和五六年一〇月三〇日に言渡され、控訴人による控訴の提起により当審に係属し、審理が進むに及んで、控訴人は、昭和五七年九月八日の口頭弁論期日において被控訴人らに対する昭和五七年五月一七日付準備書面を陳述することにより、後記のとおり正当事由を整理するとともに、右主張を撤回し、別に立退料九〇〇万円の支払を約することによつて正当事由を補完し、これに基づき賃借人である被控訴人日野に対し賃貸借契約の解約の申入れをした。したがつて、右解約の申入れ後六か月を経過した昭和五七年一一月一七日をもつて本件一階部分の賃貸借契約は終了した。

(二) 仮に、右解約申入れの効力が認められないとしても、控訴人は、昭和五九年九月一四日の当審口頭弁論期日に同年九月一日付準備書面を陳述し、被控訴人日野に対し立退料一四五〇万円の支払を約することにより後記正当事由を補完し、これに基づき本件賃貸借契約の解約の申入れをした。

右立退料算出の根拠は、当審における鑑定人鶴田辰男の鑑定結果に評価が示されている本件一階部分(契約床面積八三・〇四平方メートル)の借家権価格であるが、控訴人が支払うべき立退料の額は、右提示額と極端な差違を生ずることがない限り、上限を定めずに裁判所の裁量に委ねるものである。

したがつて、右解約の申入れの結果、意思表示の日より六か月を経過した昭和六〇年三月一四日をもつて賃貸借契約は終了することになるところ、控訴人と被控訴人らとのこれまでの明渡し請求にかかる紛争の経緯に徴すれば、たとい将来における賃貸借の終了に基づき賃貸建物の明渡し請求が実行できる場合であるとしても、右時点における法律上事実上の紛糾は避けがたいから、右時期の到来を待たずに将来の給付命令を判決をもつて得ておく必要がある。

3  解約申入れの正当事由

(一) 控訴人は、本件建物を買い受けるに当たりその代金として九五〇〇万円という多額の金銭を出捐した。右出捐は本件建物所有後の自己使用及び賃貸営業上の高収益を企図してしたもので、高収益が実現できなければ買受けの目的は根底から覆えることになり、また、その収益は控訴人の生活を支える唯一の基盤をなすものである。

ところで、本件一階部分は被控訴人らが使用しているから、控訴人は二階部分及び三階部分を自己使用に充て、ここで飲食店「石狩」及び麻雀荘を経営していたのであるが、業績があがらず、ゲームコーナーを設置する等の懸命の努力をしてきたにもかかわらず、建物買受資金の借用金を含めて多額の負債を抱えており、負債の償還のために毎月一二〇万円を超える支払があるほかに、従業員の給料、家族の生活費があつて出費は経常的に大で、生活は極めて困窮しており、現状のままでは経済的破綻を来たすことが必至の情況にある。かかる窮状を打開する方策が皆無であるのならば別として、本件建物の所在地は私鉄東横線の都立大学駅前の一等地であり、この立地条件は極めて優れているから、これを活かすために、現在の老朽化した本件建物を全部取り毀してその跡地に理想的な相応の賃貸用ビル建物を新築して賃貸に充てれば、高額の保証金の一時取得と高額の賃料の継続収入とを実現することができ、一挙に現下の窮状を脱して財政の再建を図ることが可能である。控訴人は、年来この構想を抱いてきたが、現在の窮状は右の方策による以外に打開の途がなく、したがつて、被控訴人らの建物使用部分の明渡しを得て新規建物建築のための自己使用を現実に図ることが、控訴人にとつて死活問題解決のための唯一の途となつている。

なお、新規建物の建築については、公法上の規制があるため、これに従い四階建で延面積約一〇〇坪の建築を予定することができるが、鉄筋コンクリート構造で工費は約七〇〇〇万円である。これに対して保証金合計約二億三七五〇万円、賃料一か月につき約二三七万五〇〇〇円の収受を見込むことができる予定である。

(二) 被控訴人らは、本件建物の二階部分及び三階部分を控訴人が使用しているのを無視し、二、三階に至る唯一の階段出入口で公道に面している部分の脇に、ペプシコーラの自動販売機の設置を許し、その結果として控訴人の設置する広告提燈及び看板を見にくくし、二階部分及び三階部分の控訴人の店舗に至る客足にも影響が及ぶため、控訴人はかねてから被控訴人らに対し右機械の撤去を求めてきたが、被控訴人らは全くこれを顧みず、撤去の意思がみられない。

また、被控訴人らは、本件一階部分における被控訴人らによるパチンコ店営業用の大型ネオン看板を公道に面する本件建物二階部分の表側壁面一杯に取り付け、控訴人の使用する二階営業部分を公道上通行人の視界から全く遮断している。

そのうえ、本件一階部分に接したポンプ室は、控訴人が使用する二階部分及び三階部分の営業店舗に至る上水道用揚水ポンプを設置してある場所であるが、被控訴人らは同所への控訴人の立入りを妨害しているほか、同室内に雑多な荷物を運び入れポンプ上に積み置く等して不衛生な状態のまま放置している。このような状況であるため、本件建物を共用する当事者である控訴人と被控訴人らとの間の信頼関係は失われている。

(三) 本件建物は昭和三八年九月に新築されたもので、すでに建築後二〇年余を経ているが、建築時期の関係もあつて近隣環境との適合性、均衡性の点で劣つているうえに、建物内部に漏水や天井の落下の危険、あるいは通し柱の腐蝕等随所に損傷箇所があり、また、下水用の戸外の排水管が腐蝕損傷して悪臭を発散し、近隣に迷惑をかけ不衛生な状態のままになつており、特に、古い建物であるため防火防災上の万全の設備に欠けていて、消防署から再三にわたり注意を受けている。本件建物全体が常時不特定多数人の出入りする場所である性質上、以上のような状況のもとでの建物の老朽化による危険を排除する緊急の必要性が現に存在する。

(四) 被控訴人日野は、被控訴会社の代表取締役として、本件一階部分でパチンコ店を経営するほかに、本件建物の隣接建物において焼肉、麻雀、中華そば店を、更に、後記のとおり別の場所でパチンコ店を経営し、また、不動産販売業をも行つているなど、手広い営業種目でありながら、いずれも盛況であり、控訴人とは生活力、生計基盤において雲泥の差がある。

このような盛業中の多角経営の中での本件一階部分を明け渡すことにより被控訴人が受ける影響について、不利益として現れるのは、右一階部分に設置してあるパチンコ台七〇台分の営業収入が減少するだけであつて、右台数も隣接借家建物内の設置台数を含む総計二四〇台中の三割弱にしか当たらず、設置台数の減少による営業収入の低減は通常耐えうる限度内のものである。なお、本件一階部分の明渡しは、隣接借家部分を併せたパチンコ店舗の公道への出入口を一箇所減ずる原因となるが、被控訴人らの営業上にさしたる影響を与えるものではない。

被控訴人らは、最近、パチンコ店二店舗及びスロットマシン店一店舗(飯田橋店)を新設しているうえ、パチンコ店に限つてみても四店舗(本件一階部分と下井草、新丸子、狛江の各店舗)、その保有遊技台数は合計一〇八六台を数え、右四店舗の売上による収益は月間約八〇〇〇万円、年間九億六〇〇〇万円は下らないとされており、その実額は遙にこれを超過すると推測され、控訴人の営業規模及び収支に比べれば、およそ比較を絶する高収益を得ているのが実状である。

4  被控訴会社の明渡義務

被控訴会社は何らの権原なく本件一階部分を占有している。したがつて、おそくとも被控訴人日野において賃借している本件一階部分を控訴人に対し明渡すべき義務の生ずる昭和六〇年三月一四日限り、被控訴会社もまた右一階部分を明け渡すべき義務がある。

5  控訴人の被つた損害

しかるところ、控訴人は、被控訴人らの故意又は過失に基づく不法の占有により次のとおり賃料収入相当の損害を被つているので、被控訴人らは控訴人に対しこの損害を連帯して賠償すべき義務がある。

(一) 昭和五七年一二月分 三五万四〇〇〇円

昭和五八年一月分から同年一〇月分まで(一か月につき三六万一〇〇〇円の割合)三六一万円

合計 三九六万四〇〇〇円

(二) 昭和五八年一一月一日から本件一階部分の明渡し完了に至るまで一か月につき三六万八〇〇〇円の割合による金員

6  よつて、被控訴人らは控訴人に対し、第一次的には連帯して、本件一階部分の明渡し並びに右損害金三九六万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年一一月一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金と右同日以降明渡済みに至るまで一か月につき三六万八〇〇〇円の割合による賃料額相当の損害金との支払の義務があるから、右明渡し及び支払を求め、昭和五七年九月八日にした解約申入れの効力が認められないときは、同五九年九月一四日にした解約申入れに基づき、被控訴人日野は、同六〇年三月一四日限り控訴人から立退料一四五〇万円ないし裁判所の裁定する額の立退料の支払を受けるのと引換えに控訴人に対し本件一階部分を明け渡し、被控訴会社は被控訴人に対し同日限り本件一階部分を明け渡し、かつ、右の翌日以降連帯して、被控訴人らにおいて明渡しを完了するに至るまで一か月につき三六万八〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務があるから、右による明渡し及び支払を求める。

二  控訴人の予備的請求の原因(当審の新請求)

1  仮に、本件一階部分につき、被控訴人日野から被控訴会社に対し賃借権が譲渡され、それが控訴人に対抗できるものとするならば、控訴人が被控訴人日野に対してした本件各解約の申入れは被控訴会社の代表取締役である同人に対してされたものとして、被控訴会社に対しても効力を有するものと解すべきである。

2  そして、控訴人のした解約申入れについての正当事由の存在、賃料相当損害金の発生等の事情については、すべて前記の被控訴人日野との関係でした主張を援用する。

したがつて、被控訴会社は、控訴人のした解約申入れが効力を生じたことにより控訴人に対し本件一階部分の返還義務を生じたものというべく、また、被控訴人日野もまた右部分につき明渡し義務を負担することは明らかである。

3  よつて、被控訴会社は、昭和六〇年三月一四日限り控訴人から一四五〇万円ないし裁判所の裁定する額の立退料の支払を受けるのと引換えに、控訴人に対し本件一階部分を明け渡し、また、被控訴人日野は、控訴人に対し同日限り本件一階部分を明け渡し、かつ、右の翌日以降連帯して、被控訴人らにおいて明渡しを完了するに至るまで一か月三六万八〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務があるから、右による明渡し及び支払を求める。

三  主位的請求の原因に対する被控訴人らの認否

1  1の(一)ないし(三)の事実は認める。

2  2の(一)及び(二)の事実は認めるが、その効果はいずれも争う。

3  3の(一)の事実中、控訴人が本件建物の二階部分及び三階部分でその主張の飲食店、麻雀荘を経営していたことは認めるが、本件建物を取得するに出捐した代金額は不知、その余は全部争う。

4  同(二)の事実中、控訴人主張の場所にその主張の自動販売機が、また、本件建物二階の壁面に大型ネオン看板が設置されていることは認めるが、その余は争う。これらの器具は、昭和四七、八年頃被控訴人日野において前賃貸人訴外金の承諾を得てしたもので、その事情は控訴人も知悉しているものである。

5  同(三)の事実中、本件建物の建築時期は認めるが、その余は全部否認する。

6  同(四)の事実中、被控訴会社がパチンコ店舗四店とスロットマシン店舗一店を経営していることは認め、その余の事実は否認する。

7  同4は争う。

8  同5は否認する。

四  予備的請求の原因に対する被控訴人らの認否

1  1のうち、被控訴会社が被控訴人日野から本件一階部分の賃借権の譲渡を受けたことは、後記抗弁の項において主張するとおりである。その余は争う。

2  2の後段は争う。

五  主位的請求及び予備的請求の原因に対する被控訴人らの抗弁

1  被控訴会社は被控訴人日野が昭和五一年一月に設立した会社であるが、その設立の際、被控訴人日野において、賃貸人訴外金の承諾を得て本件一階部分の賃借権を日野から被控訴会社に譲渡した。被控訴会社が賃借人の地位を承継するとともに、被控訴人日野は賃借人の地位を失つた。その後、同被控訴人は本件一階部分の占有をもしていない。

2  仮に、右譲受けの事実がないとしても、被控訴人日野は、被控訴会社設立の頃から、賃料を被控訴会社名義で被控訴会社振出の小切手をもつて賃貸人金に支払つてきたのであり、控訴人が本件建物を買い受けた後も、賃料の支払の状況は変らず、控訴人は被控訴会社が本件一階部分を使用していることを熟知して本件建物を取得し、かつ、賃料の支払を受けてきたのであるから、被控訴会社の使用を承認してきたものであり、不法占有と主張することはできない、というべきである。

六  解約申入れの正当事由についての被控訴人らの反論

1  控訴人は、本件建物を訴外金から買い受ける以前、その二階部分及び三階部分を金から控訴人の妻名義で賃借していたものであるが、金から無断改造及び賃料の延滞を原因として右貸借契約を解除され、昭和五六年六月三〇日を確定期限として賃借部分を明け渡さなければならない立場に追い込まれていた。他方、一階部分を賃借していた被控訴会社の代表者である被控訴人日野は、金から昭和五三年初頃以来本件建物の売却意思のあることが明らかにされて買受け意向の有無を尋ねられ、買受ける方針の下に代金額につき金と交渉中であつた。しかるに、控訴人は、被控訴会社の右対応の態度及び金との間の交渉の進展状況を知悉しながら、自己の不始末に基づく明渡し義務の履行を免れる目的をもつて、被控訴人らを出し抜き、その買受け交渉を妨害して本件建物の買受けをしたもので、本訴請求は買受け直後からの不当な明渡し要求と前後脈絡を通じているものである。

2  控訴人は、自己の経済的苦境を明渡し要求の基礎としているが、その主張の高額の負債の発生自体がそもそも本件建物の買取り資金の借用金に由来するのであり、分不相応の借財を負つた結末が、これとは無縁で、しかも正当な賃借権を有し継続して店舗を経営している被控訴人らの負担・損失に帰せられるべき理由は全く存しない。

3  控訴人は、また、本件建物取毀し後の賃貸ビル新築による経済効果を挙げ、高収入高収益により長期間を要せず現在の苦境を脱しうると極力主張するが、たとい所在地の立地条件がよいことを考慮に入れるとしても、控訴人の主張はそもそも限られた地積、限られた用法による制限を無視した砂上の楼閣に類する発想に基づいた空虚な議論である。

4  控訴人には生業の維持発展にかける真摯な努力がなく、徒らに被控訴人らに対する圧迫及び嫌がらせによつて被控訴人らが明渡し要求に屈するのを待ち、本件建物及び敷地を売却処分する利益の取得に唯一の期待をかけているものであり、控訴人の生活の一面が昭和五六年四月に昭和二九年法律一九五号(旧出資取締法)に基づく貸金業の届出をしていることによつて明らかであるように、寸暇を惜しんで業績の向上に努力を傾注する意欲をもまた才覚もないのである。

5  パチンコ店営業においては、保有遊技台数の減少は営業の浮沈にかかわる事柄であり、本件一階部分において現在使用中の景品用カウンター及び景品倉庫を失い、一方の出入口を奪われることを考えると、仮に七〇台の減少であつても実質は少なくも一〇〇台を下らない減少に匹敵し、ことに最近は遊技場経営に対する警察規制が厳格化されている実情であるから、本件一階部分の喪失は被控訴人らに対し甚大な不利益を及ぼすのである。更に、本件一階部分での営業は被控訴会社パチンコ店舗の発祥地及び本拠を意味するものとして重要であり、同所での営業収入の減少は企業にとつて深甚な故障となるのである。

6  立退料の基礎資料とされた鑑定結果は、鑑定人の借家権評価額自体に疑義があり、これを基とした控訴人主張の立退料の提供も全然無意味な主張である。被控訴会社の営業実績は控訴人によつて完全に無視されている。付言するまでもないが、正当事由を欠いた解約の申入れにつき立退料の提供が明渡し請求の理由を構成し又はこれを補充するものでないことは自明であり、本件においてまさに然りである。

七  被控訴人らの抗弁に対する控訴人の認否

被控訴人ら主張の事実は否認する。もつとも、右抗弁のとおり、被控訴会社において賃借人の地位を承継しているとするならば、被控訴人らに対しては予備的請求の原因のとおり主張するものである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一本件建物がもと訴外金の所有に属していたこと、被控訴人日野が昭和四六年五月一一日に右金から本件一階部分をパチンコ店営業用店舗として期間三年の約で賃借したこと、控訴人は昭和五三年七月一日に本件建物を譲り受け、これに伴い金から本件一階部分の右賃貸借契約上の賃貸人たる地位を承継し、右賃貸借契約は控訴人との間で約定の期間満了日である昭和五五年五月一〇日法定更新されたこと、控訴人は、当審において、被控訴人らに対し、昭和五七年九月八日の口頭弁論期日に同年五月一七日付準備書面を陳述することにより、立退料九〇〇万円を支払うのと引換えにする解約申入れの意思表示をしたこと、更に、予備的に、控訴人は、被控訴人らに対し、昭和五九年九月一四日の口頭弁論期日に同月一日付準備書面を陳述することにより、立退料一四五〇万円を支払うのと引換えにする解約申入れの意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、まず、控訴人は被控訴人らのうちいずれに解約申入れをすべきものであるか、すなわち、控訴人のした解約申入れの当時の本件一階部分の賃借人いかんについて検討する。

1  この点につき、被控訴人らは、被控訴人日野は、昭和五一年一月に被控訴会社を設立し、そのころ賃貸人の金の承諾を得て賃借権を被控訴会社に譲渡した旨主張する。そして、<証拠>によれば、被控訴会社は同月二四日に設立されたものであることが認められるところ、<証拠>によれば、被控訴人日野は、被控訴会社の設立後はその代表取締役となつたが、右設立直後に賃貸人の金に対し、被控訴会社の設立の事実を明らかにするとともに賃料は被控訴会社振出の小切手により支払うことについて了承を求めて承諾を得、その後は被控訴会社名義の小切手又は被控訴会社の預金口座からの自動送金により賃料の支払をしてきたこと、税務署に対する税務関係の申告書類上も被控訴会社が直接の借主とされており、また、控訴人に対する賃料の供託も被控訴会社を直接の借主として行つていることが認められ、また、被控訴人らが本訴を提起されて以来、終始被控訴会社が賃借人であるとの主張をしてきたことは本件記録上明らかである。以上のような事情のもとにおいては、本件一階部分の賃借権は、昭和五一年一月二四日に被控訴会社が設立されたころ、賃貸人である金の承諾のもとに被控訴人日野から被控訴会社に譲渡されたものと認めるのが相当である。

2  してみれば、右賃貸借において控訴人による解約申入れの相手方となるべき者は被控訴会社であることになるが、前記各準備書面によつてされた解約申入れはその相手方を被控訴人らのいずれかに限定してされたものではなく、しかも、当事者双方は会社とその代表取締役という関係にあるのであるから、被控訴会社に対しても適法にされたものというべきである。

反面、控訴人の本訴請求中、被控訴人日野が賃借人であることを前提とする主位的請求の理由のないことは明らかであるから、被控訴人らに対する主位的請求はいずれも棄却を免れない。

三そこで進んで予備的請求について判断することとし、被控訴会社に対する解約申入れの当否につき、正当事由の存否判断の基礎となる事実関係を検討する。

1  控訴人の本件建物取得の事情及び建物利用の状況

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  控訴人は東京商銀信用組合に勤務していたが、退職後の生活のために知人の金(日本名徳原徹治)の好意により、同人から、昭和四三年一二月、控訴人の妻富永春子こと徐允玉(以下「春子」という。)の名義ではあるが、実質は控訴人が賃借人となつて本件建物の二階及び三階部分を賃借し、二階で喫茶店、三階で酒房を営んできたものであり、当初の約束で後日資金ができた際には、本件建物を譲り受けさせて貰うことになつていた。なお、当時本件一階部分はレコード店を経営する者が賃借していた。

(二)  しかし、右レコード店が本件一階部分の賃借を止め空店舗となつたところから、昭和四六年五月一一日、被控訴人日野が右金から本件一階部分を期間三年、当初の賃料月額一五万円の約で賃借し、隣地にあつた自己所有の建物とつなぎ合わせて一軒のパチンコ店営業店舗に改造して営業を開始した(詳細は後記4記載のとおりである。)。同被控訴人は、右賃借に際し敷金一五〇〇万円を差入れ、その後は三年ごとに契約を更新してきた。そして、その間昭和五一年一月、同被控訴人が有限会社形式の被控訴会社を設立し、その代表取締役としてパチンコ店を経営するようになつたことは前認定のとおりである。

(三)  ところで、控訴人の妻名義による控訴人と金との間の本件建物二階及び三階部分の賃貸借契約は、昭和五二年に入つて、賃借部分の模様替え等に関する紛議を生じたことから債務不履行を理由とする契約解除に進展し、金を債権者、控訴人の妻春子を債務者とする仮処分事件において同年六月三〇日成立した裁判上の和解により、(1)右賃貸借契約は同月二一日限り、債務不履行を理由とする解除により終了したこと、(2)金は春子に対し、賃借部分の明渡しを昭和五六年六月三〇日まで猶予し、春子は同日限り金に明け渡すこと、(3)金は春子に対し、二階の店舗改装工事等の施行を認めるが、二階は炉端焼割烹店としての、三階は麻雀荘としての使用に限定すること、(4)金は春子に対し、明渡し完了後に保証金八〇〇万円を返還することを骨子とする合意が成立した。その結果、控訴人は本件建物の二階部分及び三階部分につき、なお四年間の使用の利益を得ることとなつた。控訴人は、右和解成立後、早速二階部分を改築して昭和五二年七月初めに割烹店石狩を開業した。

(四)  ところが、翌五三年に入つて、金は控訴人及び被控訴人日野に対し、本件建物及びその敷地を一括して譲渡したいとの申出をするに至つた。前記明渡し問題の解決を迫られていた控訴人は、無理をしてでも買い受けたいと意を固め、控訴人と被控訴人日野の両者がそれぞれ金との間で話合いをもつこととなつた。そのため売買代金額が競り上げられる結果を生じ、日野は金申出価格の九〇〇〇万円までを妥協したが、控訴人が九五〇〇万円の申入れを承諾したため、金と控訴人との間で本件建物の売買契約が成立することとなつた。控訴人は、取引銀行である東京食品信用組合から標準利率で買取資金全額の融資を受け(ほかに一〇〇〇万円を同時に同信用組合から借り受け、また翌五四年二月に営業資金として一〇八〇万円の借増しをした。)、金に代金を支払つた。他方、融資先に対しては長期の分割弁済の方法によることとしたが、昭和五四から昭和五七年五月頃までの間の返済月額は、右の三口合計で多い時には一五〇万円を超えることがあり、ほとんどの月が右金額に近かつた。

かくして、控訴人は、昭和五三年七月一日、本件建物及びその敷地についての所有権を取得し、同月三一日受付による所有権移転登記を経由するとともに、これに伴い、本件一階部分についての賃貸人の地位を承継した。

(五)  その後控訴人と被控訴人らとの間に後記のペプシコーラ自動販売機の設置をめぐる紛争が起るのであるが、控訴人が期待をかけた割烹店石狩も意外に営業成績が上がらず、不振に陥つてからの頽勢を遂に挽回することができず、前記融資金の弁済は本訴提起後の昭和五七年五月ないし一一月には実行困難になり、融資先の東京食品信用組合との間で元本一億〇〇五九万円とする新規貸付による昭和五七年一二月以降昭和六八年三月までの返済契約に切り換えられ、弁済額は月額一三三万円を最高額として一二四万円前後から一一五万円前後にまで引き下げられるに至つた。しかし、本件建物の二階部分及び三階部分での営業収益によつては到底右割賦金の返済は不可能の状況となり、切換え後の弁済状況については的確な資料がない(資料の提示を故意に隠蔽している事情も見当らない。)そして、三階部分については、昭和五七年二月一日まで第三者に転貸し、麻雀荘として使用されていたが、その賃料収入では収益が少ないので、同年四月からは控訴人の妻春子名義でこれを自営することとし、また、二階部分の割烹店石狩の廃業も避けられない状態となり、その後はゲームコーナーを設置したりしているが、これらをもつてしては右のような高額な返済金の支弁はその見込すら稀薄化する情況にまで立ち至つた。

(六)  控訴人は、本件建物を買い受けた当初から、本件一階部分も被控訴人らから明渡しを受けえられるものと軽信し、かつ、将来は本件建物の所在地が商業用地としては理想的であるところから、これを改築して貸ビルとし、高額の保証金と賃料収入が得られれば安定した生活設計ができるものと考えてきたが、かかる計画を特に逼迫したものとは同人自身も受け止めていなかつた。しかし、(五)に認定したような窮状に陥るに及び、このままでは経済的破綻を免れがたく、それが極めて近い将来に現実化するであろうことを知つて、他に打開策もないところから、被控訴人らに対し立退料を提供する等の譲歩をしたうえでの建物明渡しを要求する以外に途がないと決心し、本訴においてこれを主張するとともに建物明渡し実現のうえの貸ビル建物建築の素案の作成に着手するに至つた。そして、それによれば、控訴人が主張する高収益による起死回生の途は、困難ではあるが不可能ではない。

2  被控訴人らによる妨害行為の成否

(一)  被控訴人らがペプシコーラ自動販売機を本件建物の階上への出入口脇に設置していること、本件建物二階部分の壁面に大型のネオン看板を設置していることは、当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、控訴人は右自動販売機及び大型看板のいずれの設置についても好意を抱きえず、ことに控訴人が前記和解後に割烹店石狩の宣伝用に出入口の脇に縦一・五メートル横二メートルの吊提燈を吊り下げようとした際、自動販売機が邪魔になつて吊下げができず、近隣の飲食店と競争ができないと感じて以来、被控訴人日野に対して自動販売機の撤去を一度ならず申し入れてきたこと、大型の看板(夜間はネオンサインが使用される。)については、その設置箇所が二階の公道に面するガラス窓下部を全部覆う位置に当たり、割烹店の表示を見難くしており、ガラス窓の枠外は右看板を設置したためと思われるが、板張り(その表装は無地の壁面様にしてある。)になつているため、二階の室内には外光が入らず、とりわけ控訴人にとつては、右看板の設置により二階の店舗が路上の歩行者から目立たなくなり、来客の誘引の障害になつていると感じられ、常時不満のもととなつていること(もつとも、控訴人から被控訴人らにこの看板の改造等について申入れがされた事実は認められない。)、これに対して被控訴人日野は、いずれも控訴人の本件建物買取り以前に設置された物件に関する苦情であり、ことに大型看板の設置はパチンコ店経営上不可欠であるとして控訴人の申出に応じないこと、右自動販売機は、本件一階部分のパチンコ店舗の公道に面する軒下部分に置かれた通常の規模のものであつて、控訴人が目論んだその設置場所に大型提燈を吊り下げようとする意図自体が無理なことであつたこと、また、パチンコ店用の大型看板は、横約六メートル、縦約一・五メートル四方のものであつて、現在設置されている公道に面した建物外壁に現存の態様で保持することは、当該看板の通常の用法の範囲を超えるものとまではいえないこと、自動販売機についてはともかく(<証拠>によれば、自動販売機設置契約は遅くも昭和五三年二月にされている)、大型看板については控訴人が本件建物を買い受けて賃貸人の地位を承継する以前から設置されていたものであること、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。以上のような事実関係のもとでは、控訴人がことさらこれらの物件が設置されていることに対し、これを控訴人に対する営業妨害の行為であるとして異を唱えうる根拠はないといわなければならず、したがつて、これらの物件の存在が控訴人の営業収益に影響を与えるか否かはひとまず措き、その存在自体は、本件解約申入れの正当事由の存在を肯定させる資料とはなりえないというべきである。

(二)  次に、上水道の揚水ポンプを設置してある場所については、<証拠>によれば前認定の昭和五二年六月に成立した裁判上の和解の際に、封鎖解除の協議が成立して和解条項の一として合意が確認されたことが認められるのであり、その場所が二階部分に上る階段の下部にあることが弁論の全趣旨から明らかであることを併せ考えると、ポンプ室全体は控訴人の専用区域であつて、控訴人が本件建物の所有権を承継した時期以降は明示的に被控訴人日野に対する賃貸借の範囲から除外されたと認めるべく、被控訴人らがこれを占有使用する権限のないことは当然のことであるとしなければならない。右のような関係の中にあつて、被控訴人らがポンプ室内に荷物を積み入れる等して不衛生な状態にしていることは、<証拠>により認めることができるところ、右ポンプ室の所在場所が上記のようであり、弁論の全趣旨によれば右場所は本件一階部分の店舗部分と相接していることが明瞭であるから、ポンプ室に控訴人が立ち入るについて、その機会に多少の悶着を起こすことが考えられないではないが、その程度の些末の争いをもつてしては、いまだ控訴人と被控訴人らとの間に賃貸借関係を維持しがたい信頼関係の破壊ないし喪失があつたというに足りないものというべきである。したがつて、この点も正当事由存否の判断にあたり顧慮するに値いするほどのものではない。

3  本件建物の老朽化

本件建物の建築時期が昭和三八年九月であることは当事者間に争いがない。<証拠>によれば、右建物のうち一階入口階段下鉄柱、同階裏側増築部分の通し柱に各腐蝕部分を生じ、二階厨房の流し下部の壁面に破損と三階の手洗いの漏水によりその下部に汚損を各生じ、屋外の三階手洗いの下水排水管の保護被膜が破損を来たしていることが認められる。しかし、これらはいずれも補修をもつて修復しうる程度のものであつて、本件建物が全体として老朽化し、通常の用法に従う使用に危険を生じ又は使用上の機能の保全に防護を要する程度に至つたと認めるべき証拠はない。当審鑑定人鶴田辰男の鑑定の結果中にも、本件建物の鑑定時(昭和五八年一一月一〇日)における現況につき、「使用資材部品等は中位、近隣の環境との適合性・均衡性は劣る。減価償却資産の耐用年数に関する大蔵省令によると残存耐用年数は二〇年であるが、経済的残存耐用年数は一〇年と判断した。」との記載があるが、それ以上に老朽化について特段の意見は述べられていない。

なお、控訴人が本件建物につき消防署から注意を受けたことは、<証拠>によりこれを認めることができる。しかし、本件建物の二階部分及び三階部分には出入口が一箇所あるだけであつて、そのうえ二階部分の公道に面するガラス窓は外部が板張りになつていることはさきに認定したとおりであり、右供述の全体の趣旨からすると、火災等不慮の災害時における来集者の安全確保の意味で注意を受けたものと認めるのが相当であり、右の限度では建物所有者として対策を講ずる必要があることは認められるが、このことがただちに建物の老朽化に結びつくものでないことも自明である。

したがつて、本件建物の老朽化による建物の改築の必要性が緊急のうちに迫つているとは認めがたいが、早晩改築が必要となる建物であることは、本件建物の構造からして、否定できないものということができる。

4  被控訴会社に関する事情

(一) 被控訴人日野が当初金から本件一階部分を賃借したこと、その後同被控訴人において被控訴会社を設立したこと、金から同被控訴人に対しても本件建物売却の話があつたこと、本件建物外部の使用状況については、上記二並びに三の1(二)、(四)及び同2(一)のとおりである。

(二)  そして、<証拠>によると、次の事実が認められる。

本件建物は私鉄東横線都立大学前に位置しているところ、被控訴人日野は、昭和四三年一二月、本件建物の隣地に日野ビル(鉄骨造陸屋根四階建店舗事務所居宅用建物、床面積各階九〇・四三平方メートル)を新築して所有し、翌四四年一二月にその敷地を買い受けて所有権を取得し、同所で飲食店を経営していたが、昭和四六年五月に金から本件一階部分を賃借できることとなつたのを機に、日野ビル一階と本件一階部分とを屋内で連結させて、かねて希望していたパチンコ店の経営に入つたところ、営業成績が伸び、昭和五一年一月には前認定のとおり有限会社組織にし、日野ビルでは二階で飲食店と遊技場を、三階で麻雀荘等を営んできたが、その後日野ビル及び本件一階部分で営むパチンコ店営業を本店として、昭和四九年に下井草パチンコ店、昭和五七年飯田橋パチスロ店の、昭和五八年に新丸子及び狛江の両パチンコ店の各開業をみ、昭和五九年六月現在で、本件一階部分を含む本店については、隣接の益戸ビル一階部分約一三坪の借増しをしてパチンコ台数二四〇台、下井草店で同三〇〇台、新丸子店で同二〇〇台(ほかにスロットマシン四五台、卓上ゲーム四九台等)、狛江店で同三〇〇台、飯田橋店でパチスロマシン三一台を保有し、パチンコ店では各店舗のそれぞれに一〇名を超える従業員を使用し、各パチンコ店の売上は月間大体各一億円で、純利益平均二〇〇〇万円を得ており、会社及び個人所有不動産を担保物件とする被融資総額(負債残額)は約二五億円に達している。そして、右の各店舗のうちで、本件一階部分を含む本店における営業の重要性は否定できず、被控訴人日野としては、パチンコ店店舗は本店を基準にして一八〇台ないし二〇〇台を欠けると営業が成り立たず、最近は取締り基準の強化により収入減が見込まれると考えている。もつとも、右取締り基準の変化による収入の減少については特段の立証はない。

(三)  右のようにして、被控訴会社は、最近では、本件一階部分に、七〇台前後のパチンコ台(店舗全体では、前記のとおり二四〇台)を設置しているほか、景品用カウンターのほか大型クーラー、金庫等の器具が設置されており、また、二個存在するパチンコ店用出入口のうち正面出入口でない出入口が本件一階部分に設けられている。

5  解約申入れに至るまでの経過と解約申入れの際の立退料の提供

控訴人は、本件第一審では、昭和五四年六月二日到着の書面をもつて被控訴人日野に対し、同五五年五月一〇日に期間の満了する本件賃貸借契約につき、その更新拒絶の意思表示をしたことにより同日をもつて右契約は終了したと主張し、被控訴会社については不法占有の主張をして、本件一階部分の明渡しを求めた(<証拠>によれば、更新拒絶の意思表示をしたことにつき、控訴人主張の事実が認められる。)が、控訴審に至つて、その請求を減縮し、前示のとおり昭和五七年九月八日に立退料九〇〇万円の支払と引換えに右部分の明渡しを求める旨、また、同五九年九月一四日には一四五〇万円の支払と引換えに右部分の明渡しを求める旨それぞれ主張するに至つたところから、結局、控訴人としては昭和五五年五月一〇日の更新がされたことを認めたうえ、右二個の予備的関係にある解約申入れによる契約終了事由を主張することとなつたこと、以上の事実が本件記録上明らかである。

四よつて、以上の事実関係を前提として、控訴人の解約申入れの当否について判断する。

1  前認定の事実関係によると、控訴人は本件建物とその敷地とを金から買い受けた際、本件一階部分を被控訴人日野又は被控訴会社において賃借していることを熟知しながら、漫然と将来明渡しが得られるものと軽信してその所有権を取得し、賃貸人の地位を承継したものであり、しかも、購入金は全額借入れ金に頼つたというのであつて、その意に反して本件二、三階部分の営業から十分の利益を挙げることができず、借用金の返済に苦しんでいるというのであるから、その態度は甚だ軽卒であるといわねばならない。そして、控訴人は、本件建物を早晩金に対し明け渡して退去しなければならない運命にあつたところ、これを買い受けることによつて退去を免れたのであるが、その反面、控訴人が本件建物を買い受けることがなければ、被控訴会社は控訴人から明渡しの請求を受けてその地位を脅かされることがなかつたのであるから、控訴人が被控訴人らの存在を熟知しながら本件建物を買い受け、しかも、その翌年には直ちに、来たるべき期間満了に対し、更新拒絶の挙に出て本件を提起し、その主張を解約申入れの主張に変更してこれを追行してきた事実は、正当事由の存否を判断するについて十分に考慮されなければならない。

しかるところ、前認定の事情のもとでは、控訴人が営業上の頽勢を挽回するため本件建物の明渡しを求める必要があることは認めるに十分といわなければならず、仮に控訴人主張のような新規ビル建物の建築の実行が直ちには困難であるとしても、控訴人が本件一階部分の返還を受け、本件建物全体を自己の支配下におき、一階から三階までを有機的に利用して営業の用途に供するならば、控訴人の経営が有利に展開するであろうことは推認するに難くないところである。しかしながら、他方、被控訴会社にとつては、本件一階部分は、その営むパチンコ店営業の本店たる店舗の一部を占めているのであつて、この部分を失うことは、店舗中の客用出入口の一つを失い、また当該部分に設置されている七〇台前後のパチンコ台の減少にとどまらない、被控訴人らに、かなりの影響を与える結果となることも明らかである。

しかし更に考えると、本件建物は控訴人らにおいても、被控訴人らの側においても、これを居住の用に供しておらず、もつぱら店舗として使用しているものであるから、正当事由の存否の判断にあたつてはこの点を考慮すべく、また、本店の店舗は前認定のように自己所有の建物及び他の賃借建物と同件一階部分とを結合させて一つの店舗を形成しているのであるが、本件一階部分を控訴人に返還した場合に、それだけ狭隘となつて規模が縮小され、また、出入口が一つとなつて従来どおりの営業は不可能となるとしても、そうだからといつて、被控訴会社におけるパチンコ店営業が不可能となつたり、壊滅的な打撃を受けるというほどのものとは認めがたいことは、前認定の本件一階部分におかれたパチンコ台の台数の全体に占める割合や被控訴人らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものと看做すべき本件一階部分が店舗全体において占める位置関係(控訴代理人提出の昭和五七年五月一七日付準備書面末尾添付の「一階図面」参照)によつて認めるに足りる(この点につき、被控訴人日野は、原審における本人尋問において、パチンコ店は一八〇台から二〇〇台の遊技台数の保有がないと営業として成り立たない旨供述していたところ、当審における本人尋問において、上記のように隣接ビルを借増ししたので保有台数は前認定のとおり二四〇台になつた、と供述している。さきに認定したように本件一階部分に設置してある台数は約七〇台であるから、本件一階部分を明け渡すことにより仮に九〇台分を失うとしても一五〇台を、仮にそれによつて八〇台分を失うとするならば、なお一六〇台を残すことができることとなり、被控訴人日野が必要であると供述する一八〇台と比べても、その数量差は必ずしも大ではなく、本件一階部分を明け渡したとしても、なお残り部分による営業が不可能とは考えられず、この点に反する原審及び当審の被控訴人日野の供述は採用できない。)。また、前認定の盛業の状態からすれば、本件一階部分の返還によつて被控訴会社が経済的に存続不能となるような損害を被るものでないと認めるのが相当である(この認定に反する当審の被控訴人日野の供述は採用できない。)。

そうだとすると、被控訴会社においていわゆる立退料の名目で相当程度の金銭的補償を受けることができるならば、控訴人の前記窮状がいわば自ら招いたものであるとはいえ、控訴人による右立退料の支払を条件として解約の申入れによる明渡請求を認めて妨げないものと解される。

2  そこで、控訴人の申出にかかる立退料の金額について検討する。

(一)  控訴人はまず、昭和五七年九月八日にした解約申入れにおいて九〇〇万円の金員の支払と引換えにした解約申入れの効果を主張する。

しかしながら、当裁判所は、後記のとおり、控訴人が被控訴会社に支払うべき立退料は、本件における事情のもとでは二五〇〇万円をもつて相当と認めるのであるが、右金額は、右九〇〇万円の金額と比べて、著しい差異を生じない範囲のものであるとはいえないので、結局、右解約申入れによつては解約の効果は生じなかつたものといわざるをえず、控訴人の右主張は理由がない。

(二)  そこで次に、控訴人が昭和五九年九月一四日にした立退料一四五〇万円の支払と引換えに明渡しを求める解約申入れの効果について判断する。

控訴人の申出にかかる一四五〇万円の金額は、当審における鑑定人鶴田辰男の鑑定の結果により明らかにされた、本件一階部分の借家権価額(右価額自体は合理的根拠を有しており、相当であると認められる。)を基準とするものであるが、前認定の本件解約申入れに至つた事情と本件一階部分は被控訴会社の本店の一部を占めていて盛業中である事情に鑑みるときは、明渡しを強制することになる解約申入れの提供金として借家権価額と同額の金銭を支払うことをもつて足りるとすることはできないと考えられる。しかしながら、控訴人は右立退料の提示にあたり、極端な差異を生ずることのない限り、裁判所の裁量に委ねる旨を陳述しているので、更に検討するに、右借家権の価額をその基準として、これに被控訴会社が営業のため本件一階部分に投下した資本、本件一階部分を明渡すため被控訴会社が営業規模を縮少することにより被るべき不利益、控訴人が本件建物の所有権を取得し被控訴人らに対して本件一階部分の明渡しを求めるに至つた経緯その他本件に表われた前認定の諸般の事情を考慮するときは、控訴人が本件において解約申入れの正当事由を補完するために被控訴会社に対して支払うべき金額は、右借家権の価額に一〇〇〇万円を加えた金額にほぼ相当する二五〇〇万円とするのが相当であると考えられる。。

3  そうだとすると、控訴人が昭和五九年九月一四日にした解約申入れは、その後六か月を経過した同六〇年三月一四日をもつてその効果を生じ、同日限り本件賃貸借契約は終了したというべきであるから、被控訴会社は控訴人に対し、同日以降控訴人が二五〇〇万円を支払うのと引換えに本件一階部分を明け渡す義務があるというべきである。

五よつて進んで、控訴人の損害金請求について検討するに、本件賃貸借契約における賃料が昭和五五年五月には一か月につき二七万円となつていたことは当事者間に争いがないが、損害金の算定は被控訴会社から返還を受けた場合に他に転貸して得られるべき賃料額を基準とするのが相当であるから、現実賃料額に拘束されるものではないところ、当審鑑定人鶴田辰男の鑑定の結果によれば、その継続賃料は、昭和五八年一一月一日の時点において一か月につき三六万八〇〇〇円をもつて相当とするというのであり、当裁判所もまた本件一階部分の賃料額は右金額をもつて相当と認めるので、被控訴会社が昭和六〇年三月一四日以降控訴人から前記金額の提供を受けたにもかかわらず本件一階部分の明渡しをしないときは、控訴人に対し、一か月につき三六万八〇〇〇円の割合による金員を支払う義務があるというべきであり、控訴人の請求は右の限度で理由がある。

六次に、被控訴人日野に対する請求につき検討する。

被控訴人日野は、その有する本件一階部分の賃借権を被控訴会社に譲渡してのちは、本件一階部分の占有をも失つた旨争うところ、被控訴人日野が被控訴会社に対し、昭和五一年一月頃右賃借権を譲渡したことは、さきに認定したところであるが、右譲渡後において同被控訴人が個人として本件一階部分を占有していることを認めるに足りる特段の証拠はない。してみれば、同被控訴人が本件一階部分を占有していることを前提とする控訴人の同被控訴人に対する予備的請求はすべて理由がないことが明らかであるから、これを棄却すべきである。

七以上の次第で、控訴人の主位的請求は全部理由がないからこれを棄却すべく、同旨の原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴人の被控訴会社に対する予備的請求は、控訴人において被控訴会社に対し、昭和六〇年三月一四日以降金二五〇〇万円を支払うのと引換えに、本件一階部分の明渡しを求め、かつ、右の日以降被控訴人が右金員を提供したにもかかわらずこれを明け渡さないときは一か月につき金三六万八〇〇〇円の支払を求める限度では理由があるからこれを認容するが、その余は理由がないからこれを棄却し、また、控訴人の被控訴人日野に対する予備的請求は全部理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(吉井直昭 岡山 宏 河本誠之)

物件目録<省略>

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